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2024 .03.28
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鮎川 了 

永遠に春を待つ







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鮎川 了

セイレーン





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多分なんですが、
"死"に近い(と思われる)感覚を体験した事があります。

それは手術の際の麻酔。

「あー、なんか点滴の針から痛いの入って来た」

と思った途端、
手術室とは別の病室に飛んでいて

「あれ?手術は?」

と、混乱し、
丁度入って来た看護師さんが
「麻酔切れたみたいですね~」と言うまで状況を把握出来ませんでした。

つまり、麻酔で
"眠っていた"んではなく
"意識が無くなった"状態で

それまで私はこの二つの違いが分からなかったんですが

簡単に言うと

眠る→時間の感覚がある。
眠りの深さにもよるが、夢を見る等自我がある。

意識が無い→時間の感覚が無い。自我が無い。

なので、その間行われた手術の事も当然分かる訳は無いし、
「あー良く眠った」なんて感覚も無く
麻酔から覚めて意識が戻った時、まるで瞬間移動でもしたかのような感覚になったのだと思います。

よく、麻酔から覚めて
「変な夢を見た」「あの世に行って戻ってきた」「手術中の医者の会話を覚えている」なんて言ってる人がいますが、

何らかの理由で麻酔が中途半端にしか効かず"眠って"いるのと近い状態になっていたんでは……と。


手術する度、あの
麻酔が効いて一瞬ののちに暗転し瞬間移動する感覚が面白い。と思っていたんですが。

暗転したままの状態から戻れないのがなんだろうな
……

と、思っています。











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きっと、死ぬ直前に

「死にたくない」

と運命に抗うのが良い人生送った人で


「仕方がない」

と諦めて受け入れるのが悪い人生送った人なんだろう。










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基本的に
死ねば"無になる"と思っているので
死んだその後より死ぬ直前の状況が気になります。

そりゃまあ、死ぬ訳ですから多少は痛いだの苦しいだのはあるでしょう。

病気で死ぬのか
事故で死ぬのか
でも色々と変わってくるのでしょうが、病気や老衰で徐々に弱って来て死ぬと仮定して

死ぬ直前
やり残した事を悔いたり
大事な人に会いたがったり
自分のこれまでの人生をふりかえったり

するのだろうな、と思っていたんですが、実際には違うらしいです。

本当に死んだ人から聞いた話ではないのは勿論です。
家族や友人を亡くした方や数多くの臨終を看取った医者などが
「こういう事ではないのか?」と推測した話なのですが、死ぬ直前は


全ての執着が消えるらしいです。

つまり、
誰それに臨終を看取って欲しいだとか
死ぬ前にアレをやっておきたかったとか
せめて気に入った場所で死にたいだとか
自分の人生詰まらな過ぎて死んでも死にきれないだとか

そんな事がどうでも良くなる……と。

残念ながら私は親の死に目にも会えなかったので、死にゆく人がどんな感じなのか見たことがありません。
ただ、愛猫の最期を看取った時、まさにそんな感じだったので、その仮説は妙に納得出来ました。



最近、"死"について考える事が多いのは
私がそういう年頃だからなのか……死期が迫って来てるのか……










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プロフィール
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鮎川 了
性別:
非公開
自己紹介:
猫食堂
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